キャリぷらスタッフブログ「全員正解」

キャリぷらスタッフのお仕事奮闘記。仕事は誰でも必ずできる!意識高くなくていいから仕事ができる社会人を目指します。

「眉毛おじさん」とは何者なのか?スタッフになるまでPart9 企業の青田買いは昔から

ごきげんよう

スタッフブログ木曜日担当、眉毛おじさんこと竹村です。

 

前回の続き

サークル活動にかまけていた私ですが、いよいよ自分の進路を決めなければならない時期がやってきました。

家に「リクルートブック」が大量に送られてきて、企業からのダイレクトメールも頻繁にきていました。

確か、当時の就職協定は、8月20日会社訪問解禁、11月1日内定解禁だったと思います。

バブル期の前でしたが、知名度の高い会社についても優秀な学生の取り合いは早期から始まっていました。実際、8月20日の会社訪問解禁というのも有名無実化していました。いわゆる「青田買い」がどこでも見られたのです。

各社とも同業他社の動向をにらみ、いつから会社訪問を解禁するのか腹の中を探っていたのだと思います。

「●●生命が『協定破り』をして、今日から会社訪問を始めたぞ!」という情報が就職活動をしている学生の間を駆け巡ったのを覚えています。

周りの同級生がスーツに身を包み始めたときも私はホテル研究会の部室に入り浸っていました。焦ることも何もなく。

ホテル研究会の活動は充実していましたが、私はホテルへの就職は全く考えていませんでした。長きにわたるホテル実習を経て、「ホテルは利用するもの」と思う気持ちが強くなりました。サービス業が嫌だとかそういうわけではないのですが、生まれ育った実家も飲食業でしたし、二人いる兄もその道に進んでいることもあり、私くらいは別の道を進んでもいいのではないかと思っていました。

実は、当時の私の夢は「政治家になること」。

政治に対する興味は小学校低学年からありました。

当時は政治というより、選挙運動について回ることに興味を持っていました。

私が通っていた学習塾の塾長が、区議会議員選挙に立候補し、子供ながらに応援しました。残念ながらその塾長は落選しましたが、選挙運動の高揚感が忘れられなくなりました。

その後、中学生になってもその熱は冷めず、衆議院議員選挙の各党派別議席予測を自分で立てたり、開票速報は結果が決まるまで見たりしていました。

父親が自営業をしていたこともあり、選挙になると国会議員や都議会議員、区議会議員が家まで来て支持をお願いして来るしていたこともしばしば。

法学部法学科に入学したのも、将来政治家を視野に入れていたからです。

大学では法学よりも政治学を中心に学びました(学んだといってもサークル活動の合間にやったようなものですが)。

地元の選挙区の衆議院議員秘書になることも考えていましたが、当選1期の新人でありながら、地元の抱えていた課題を次々と解決していく、今までにない東京都議会議員にあこがれを持つようになり、どうしてもその議員の下で働きたい思いが日増しに強くなってきました。

そこで、ある日、その議員の事務所に単身乗り込み、「秘書にしてください」と直談判。

議員は少し考えながら、「卒業まで、時間のある時に事務所を手伝ってみないか。そのうえで決めよう」と言いました。

私はそれから、ホテル研究会の部室と議員の事務所に入り浸る毎日になりました。

議員のカバン持ちをしながら選挙区の支持者を回る毎日。

充実していました。

 

続きは次回。