スタッフブログ木曜日担当、眉毛おじさんこと竹村です。
前回の続き。
2年生の冬。重苦しい雰囲気の中、先輩に呼び出され、私はホテル研究会の執行部に先輩から選ばれました。その役職は「書記長」。当時のホテル研究会は部長を委員長、副部長を副委員長、庶務責任者を書記長と呼んでいました。労働組合のようですが、役職名称を付けた当時はそれがトレンドだったんですね。
執行部の最大の目標は「新入部員獲得」です。4月から始まる新入生勧誘に力を注ぐことは部員の総意でした。
4月。新歓が始まりました。その結果は惨憺たるもの。
その原因はマンパワー。勧誘する人数が絶対的に足りなかったのです。
その時、「ホテル研究会消滅」が現実味を帯び、我々執行部に降りかかってきました。
多くのOB・OGの顔が頭をよぎりました。
なんとしても避けなければいけない。それが我々に課せられた使命でした。
両手に満たない人数の新入部員とともに、廃部に立ち向かいました。
その後の記憶があまりはっきりしません。とにかく、部活存続にに必死になっていました。
そのためにやったことが、10年の中止期間を経て復活した学園祭で、中止前の最大の活動であった「ホテル研究会コーヒーショップ」を復活させること。
1970年代に学生運動がきっかけで大学がロックアウトされたことにより消滅した学園祭「立教祭」は、有志により「St.Paul’s Festival」と名前を変え、規模は小さいながらも復活していました。
コーヒーショップ復活に向けて、実施していた当時のOB・OGへの聞き取り、学生食堂との交渉、コーヒー豆の手配やサイドメニューをどうするかなど、問題は山積。
それでも、部活の未来をかけて挑みました。
結果は、大成功。成功といえるのは、バラバラになりかけた部員の心が学園祭出店で一つになったからです。
その翌年、新入生勧誘においても、両手に余る新入部員が入部し、部活消滅の危機はひとまず回避され、安堵したことを今でも覚えています。
執行部を任せる3年生がおらず、2年生に執行部を任せることになりましたが、マンパワーの維持のため、4年生になっても部室に入り浸り、後輩の面倒を見る毎日が続きました。
今、振り返ると、組織は「永続性」がトッププライオリティだということをつくづく感じます。
それは企業も同じ。採用試験、特に最終面接で経営層が学生を見るとき、「この学生が社員になって、会社の未来を託せるか」ということが採否の判断基準の大きな一つだから。
歴史のある企業ならば、なおさらその判断基準は重視されます。組織にとって、そこに属していたOBやOG、取引先などのステークホルダーの想いはとても強いものがあるからです。
その後、現在までホテル研究会は続き、創立70周年を超えました。
4年生、ホテル研究会の部室に入り浸っていた私の就職活動はいかに?
続きは次回。